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カワサキの単車雑談


誰かの大切なバイク。盗難はやめましょう。
盗難車情報→http://www.tounansya.com/

Z750 ROADSTAR


このページでは、カワサキに関する、
個人的なエピソードを
ランダムに書いています。
他に、あなたのいい話がありましたら
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掲載いたします。


ネット版KCBMの掲示板です。
なにか記念にどうぞ。


ZIIの話〜1、GPZからZGP
オートバイの魅力、旅に出よう
横浜M.C.ケンタウロス
バリバリ伝説2(特別編)
カワサキコーヒーブレイクミーティング
ZEPHYR
バイク便〜ZIIの話2
Steady Eddie(特別編)
彼のオートバイ、彼女の島・そして‥

その後の、横浜M.C.ケンタウロス

トップページのイエローボールについて(特別編)

大型初心者さんのZへの思い(特別編)

やっぱりエンゲージリングが欲しい(特別編)

19のままさ〜奥松島カワサキ物語

矢沢永吉激論集『成りあがり』
新しいトップページによせて@ぶちさんのZ2

 

実は、「ZII」を格好いいなと思ったのは、


ZII
 20歳の頃、アルバイトでバイク便をやっていた。毎日M1(Z400GP、カワサキ通の人はこう呼ぶ。)に乗れるので、やとってもらい、自分のM1で走っていた。
自分で言うのも何だが、あの頃は乗れていた。よくバイク屋の社長に「お前だけには売りたくなかった‥。」と何度もしかられた。でも、大切にしていたので許してくれた。
 今思えば、あの頃はFXブームだった。とにかく、自分のM1よりどう見ても酷い程度のFXでも平気で600,000円位はしていた。M1のエンジンはそのFXの系列の空冷の名機で、とにかくツーリングが好きな自分にはいいエンジンだった。
 一応DOHCだったが、下の方で力を出す特性の仕上がりで、あまり高回転での伸びを楽しむというエンジンではなかったが、悪くはないエンジンだった。というより、空冷ではベストに近いモノだった。
ZII
 その頃、そのバイク屋にはZIIに乗るいい整備士がいた。整備士といっても、もちろんバイクも上手で、以前にGPZの頃、泊まりでバイク屋さんのツーリングに参加したときに、早朝トレーニングといって、峠をついて走った時の話です。俺は当時GPZR。そしてその整備士はZII。のぼりは何とかついて行けた。頂上に着いて少し雑談をした。こっちもステップガリガリすっていたのに、驚いたことにZIIのステップって倒れないんです。「えっ。」そのZIIのステップは後ろ斜めに傾いていた。改めて驚いてしまった。一歩間違えば転倒である。ZIIは峠を走るのも腕が要る。「ちょっと乗っていいよ。」それが自分のZII初体験だった。スピードメータは機械式で、正確に何キロを差しているかわかったもんではない。アクセルは重く、何よりもブレーキがゆるい。しばらく乗って、感無量だった。
 そして、帰りの下り。俺はとうていそのZIIについていけなかった。やっぱりZII乗りは速くなければならない。
そう感じたツーリングだった。
その後、その整備士が昔、何度か菅生のチャンピオンになったことを知ってまた驚いてしまった。(つづく)



GPZ400RからZ400GPへ。

 初めて乗ったカワサキはGPZ400Rという、400CCのわりには結構おおきな図体をしたフルカウルである。当時すごい人気があって、とにかく中古は出ればすぐなくなるし、カラーリングモデルは3代目になっても、市販台数400CCのトップをキープしていたバイクである。
 当時はレーサレプリカ全盛で、ノンカウルのバイクなどほぼ無であった。ノンカウルと言えば、フルカウルモデルを強引に脱がせて、似合わないヘッドライトを取り付けて売っていたのがほとんどで、そんなバイク事情でGPZ400Rは、その個性的なイメージから人気があった。

 そして、そのGPZ人気を陰で押していたのが、全米でNinjaブームとまでいわれたGPZ900Rの存在である。80年代のZ1とも言われ、リッターバイクの中では比較的軽量なそのボディは、そのネーミングにもまけない軽やかな走りっぷりで、まさに忍者だった。
そして、GPZ400Rの方は車重はゆうに200kg、750バイクの方が軽いモノもあった。ハンドルのグリップから、メータ、給油口まで900Rと同じパーツが心を振るわせた。とにかくかっこよかった。

My GPZ
 当時、バイクにはスピードリミッターは無かった。(今の国産モデルにはどうやらあるらしく、400CCに限っては若者も事故の増大で、馬力自主規制にまでなってしまい、当時の400CCの方が馬力はあった。)俺も、他のライダーのように、初めてハンドルを握ってから1〜2年は、馬鹿みたいにスピード教になってしまった。
ある人がいった。
「バイクの最初の壁は140km/h。120km/hまでは80km/hで走っているのとさほど変わらないが、140km/hは世界が違う。まずはここが最初の壁だ。そして、次は170km/h。それ以上は200km/h出そうが、300km/h出そうが同じだよ。」
GPZは180km/hを越え、推定200km/hまで出た。その後はタコメータがレッドゾーンを越えると、エンジン保護のリミッターが聞き、ハレーションを起こしたようなすごい音がして、それ以上はまわらないようになっていた。
(こっちが必死にカウルにふせてスピードを出していたわきから、煙草をすいながらソアラがぬいて走り去ったのを今でも覚えている‥。)
 とにかく、GPZ400Rは面白かった。とにかく、これでだいぶ上手に乗れるようになったし、とにかくツーリングにいった。走行距離は自分が乗った距離で、20,000kmは越えた。

 でも、初めて買ったバイクは、エンジンが実はおかしかった。ちゃんと走るし、馬力もある。ただ、タベットの音が非常に大きくてカムシャフトに傷が付いているのではと、その後、親切にしてもらったバイク屋(もちろん買った店ではない。有名な服部カワサキである。)に教えてもらい、それが最後まで気になっていた。
最初は、かっこだけでバイクを選んでいたが、しばらくすると自分なりにバイクの好みがわかってくる。(この場合カワサキの好みとでも言おうか。)どうやら、自分はノンカウルが好きらしい。

 当時、ノンカウルは新しいジャンルとして、近来的なフレームのノンカウルか、SRのようなクラシカルなバイクかの2種にわかれていた。他は、昔のFXに無名の集合管をつけ、アップハン、ハンキャップの暴走族。そして、GPZを手放し、つぎはZ400GPという、カワサキファンならば知っている、あの鈴鹿4耐で優勝したM1が俺の次のカワサキとなった。
 実は、当時発売したばかりのZEPHYR400が欲しかった。もしくはGPZF。あのZEPHYRが発売したときは、中免ライダーの俺にとってはとにかくセンセーショナルな事件だった。Mr.BIKEでは異例の特集を何回も組み、あの馬力(ご存じの方は知っての通り、初期モデルは変に馬力が無かった。)はマフラーが詰まっているのでは?との言われたが、ZIIゆずりのスタイルは、ZIIカラーのZEPHYRを沢山生み出した。で、俺はZEPHYRが本当は欲しかった。

 またいつもお世話になっているバイク屋に顔を出してみたら、ZEPHYRもGPZFも無かった。でもZGPが2台もあった。(どういう店だ‥。)一台は440,000円。もう一台は480,000円。今でも覚えている。まず440,000円の方に目がいった。(実は、数日後、すぐ売れた。)たった40,000円でも安いのが良かったからだ。440,000円の方は今でもエンジンがかかった。ところが、そのバイク屋さんはもう一台のエンジンがかからないM1を見せた。当時、二十歳前でも小生意気に中古バイクの見方を覚えていた俺は、「エンジン音を聞かずに購入してはいけない。」と覚えていた。「エンジンかからないですね。」GPZでも失敗していた俺は、2代目はきちんと選びたかった。でも、そのバイク屋さんはそれでもそれをすすめる。「これいい。」「なぜ?」「とにかくいい。こんないいM1はめったにない。」よくそのM1を見てみた。すると、走行距離がなんと4800kmになるかならないかの距離数だった。「うそでしょ。これ。」「いや、これは本当だ。このオーナーが10年前に買って、農機具の蔵にずっとしまっていたバイクだ。だから、今はエンジンがかからない。」「‥‥。」
これが、俺とZ400GP、通称M1との出会いだった。(つづく)

その2

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