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![]() このページでは、カワサキに関する、 個人的なエピソードを ランダムに書いています。 ネット版KCBMの掲示板です。 あなたのKAWASAKIへの熱き思いどうぞ。 →おかげさまで カワサキライダー復活しました! 久々のバイクライフに感動してます。 ZIIの話〜1、GPZからZGP オートバイの魅力、旅に出よう 横浜M.C.ケンタウロス バリバリ伝説2(特別編) カワサキコーヒーブレイクミーティング ZEPHYR バイク便〜ZIIの話2 Steady Eddie(特別編) 彼のオートバイ、彼女の島・そして‥ その後の、横浜M.C.ケンタウロス トップページのイエローボールについて(特別編) 大型初心者さんのZへの思い(特別編) やっぱりエンゲージリングが欲しい(特別編) 19のままさ〜奥松島カワサキ物語 矢沢永吉激論集『成りあがり』 新しいトップページによせて@ぶちさんのZ2
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![]() 何年ぶりにバイクの世界に復帰するということで、昔の道具を整理していたら、バイクのマニュアルと一緒に、昔仙台から一人で行った「横浜ケンタウロス」の資料が出てきた。 横浜にケンタウロスをいう伝説のバイクの集団がある。一言で言えば、アメリカのヘルスエンジェルス、日本のケンタウロスという位置づけだろうか。10年ほど前に、どうしてもケンタウロスに行きたくなって、真夏にバイクで行った。ケンタウロスは「ボス」と呼ばれる、リーダー(というかそれこそ「ボス」)こと大将がいて、130人ほどのメンバーが集まっている。そのクラブが、M.C.ケンタウロスなのだが、同時に横浜山下町に「ケンタウロス」というバイクショップもある。 当時、バイトしていたバイク便の会社でケンタウロスのことを知った。二十歳頃の自分には、とにかくあまりにも強烈な印象だった。 「バイクを通して様々な人生観を問う。」 一言で言えば自分にはそう思えた。 600マイルブレンドという有名なケンタウロスを語る上でのストーリーがある。たった一杯の珈琲を飲むために、600マイルをバイクで走っていく‥。その600マイルという距離が美味しい珈琲のブレンドの秘密といいわけだ。この一見単純な話に、どれだけ感動できるか。まさに、ケンタウロスの連中はそんなバイク乗りばかりだ。 世の中、腐りきった社会に、どれだけ一生懸命何かに夢中になれるか、生きているか。ケンタウロスはそれをバイクにかけた。いわゆる暴走族でもない。たしかに、背中にケンタウロスの看板を背負った怖い外観のお兄さんが、V-MAXやZ1300に乗って、命がけで首都高トライヤルレコードを記録し続けている‥。かと思えば、子供達のために安全運転の道路標識を町中に作ったりしている。 ケンタウロスがある元町の交差点は、ウィリーしながら店に顔を出すのが礼儀と、750だろうが1000ccだろうがウィリーで走る。めちゃくちゃ速くて、めちゃくちゃ巧い。とにかく全てが不思議な存在だった。あの頃自分は、(今もバカだが特に輪を掛けて)バカで、「バトルスーツ」や「第三京浜」とかの世界にあこがれてたものだから、とにかくケンタウロスに行きたかった。 いざ、仙台から下道をつないで苦労して行ったのはいいが、実際に行ってみると自分のイメージとはなんかズレていて、「アレ」という感じだった。マッドマックスの「ナイトライダー」的な怖いイメージばかりが先行していたのか、いざ付いてみると普通の明るいヤマハバイクショップだった。そして、残念なことに「大将」は出張中とかで不在。自分も残念だったが、店に顔出すと「おタツさん」と呼ばれる優しい女性が迎えてくれた。 「へぇ、仙台から一人で来たの。大将に会えなくて残念だったね。」「ところで、今日はどこに泊まるの?」「この辺でキャンプは危険だから、ここに泊まりなよ。」 見ず知らずの初めてきた若造の自分を、おタツさんと呼ばれる人はやさしくもてなしてくれた。しかも、自分が泊まるために、ケンタウロス(この場合ショップの人ではなくメンバー)の一人が一緒に泊まってくれるよう気をつかってくれた。 結局バイクショップの2階(3階だったか)にあるそのケンタウロスの部屋に、ありがたいことに、その晩泊めてもらった。 とにかく、ケンタウロスにいた人がやさしい人ばかりで驚いた。 「飯はどうする?そのむこうの中華料理屋は安くて旨いよ。」だとか「風呂は、あそこにラドン温泉って書いてある看板のところが500円で入れるよ。」とか。「あのおねぇちゃん方が表に立っている店には入っちゃだめだよ。うちの若いもんも、かなりぼられたから(笑)。」なんて、いろいろ町の様子も教えてもらい、本当にお世話になった。とにかく行きたくて行きたくて、どうしようもなかった横浜ケンタウロスにやっと着いて、右も左もわからない自分を気遣って、今日はここに泊めてもらえる。夢みたいな出来事だった。 記憶に自信がないが、その部屋には大きな木のテーブルがあって、同じように丸太の椅子があって、大将専用の大きな椅子が奥にあった。薄暗く、お香の臭いが強く、音楽で表現したらクラプトンのホワイトルームというイメージ。そして木目の綺麗なピアノがあって、その上に写真が沢山あった。どうやらメンバーの写真らしい。いわゆる、「族」らしい人は少なく、好青年のような人が多かったのにはビックリした。みんな笑顔が良くて、山田洋次監督の映画に出てきそうな感じのいい人だった。 「あんたはここに飾られたらダメよ。」 おタツさんが自分に言った。 「みんなバイクで死んじゃった人だから。この部屋は、ここにいるみんなと逢う部屋なんだから(笑)。」 ‥自分は絶句していた。
「一応、ここに泊まってもらうからには参加してもらうよ。」 ケンタウロスのメンバーが自主的に毎晩10時に行っている、「児廻り」という儀式があるらしい。 「いやぁこれは大変なことになったぞ、これはメーター振り切って気合い入れて走るのかなぁ。」なんて不安げに思っていると、 「法規走行をキチンと守って、安全運転をしながら元町周辺を一周する。」というものだった。 えっ?なにこれ?自分は呆気にとられた。あのケンタウロスの集団がなんで?「法規走行をキチンと守って走るというモノだけど、結構難しいから気を付けてね。」まずは、言われるままに自分も参加することにした。 夜の10時まではまだ数時間ある。渡された手書きのガイダンスをさっと眺めるとこう書いてある。 『「一日に一回は、道交法を守って走ってみよう。」との大将の声で始まった。』 なかなかいいきっかけである。バイクに乗る誰もがそうだが、教習所で我慢して、いざ公道に出るとすぐ調子に乗った自分勝手な走りをする。それをたまには改めようとするのだ。そのガイダンスには、他に「児廻り」の千鳥走行の決まりや、コースなど書いてあって最後は次のように締められていた。 「児廻りは続ける所に意義がある。夜の横浜をたった30分走る行為に、何の意味があるのでしょう。その意味は、参加する人達によって異なるモノであり、仲間を増やす事で広がるでしょう。でも、何かをやり続けるという行為は、人生において、また社会にとって、なくてはならない事なのです。続ける事の大切さを学んで下さい。」 何年ぶりかでこのガイダンスを読んだとき、何とも云えない感動を覚えた。たかがバイク。しかし、「バイクを通して様々な人生観を問う。」ことを教えてくれたケンタウロス。 今も自分のヘルメットには、この時参加したケンタウロスの「児廻りステッカー」が誇らしげに貼っている。いつの日かあの時のお礼をしに、ケンタウロスまで走って行きたい‥。 →このお話には、つづきがあります。 (1999/07/20) *メールをいただいたケンタウロスの看板持ちの一人、「shige」さんのページです。男、単車乗りならではのストーリ満載です。 →http://kamome.org/ ケンタウロスからの特別に許可を頂いて掲載しています。 その4 特別編 |
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