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それは一通のメールから始まった。 「もしケンタウロスに行くことがあれば、オタツさんに線香をあげて下さい。96年の10月に「國替え」をされました。膵臓癌でした。」 横浜に住む、「シゲ」さんと呼ばれる見知らぬ人からのメールだった。つまり‥自分のこのWebを偶然見つけ、『横浜M.C.ケンタウロス』のページを読んでメールを送ってきたのだろう。まさか、自分へそのようなメールが来るとは思ってもみなかった。 すぐさま、自分はその「シゲ」さんと呼ばれる見知らぬ人へ、メールを出した。 「かならず約束します。 2000年のうちに、かならずお礼をしに伺います‥。」 そして、シゲさんから暖かい返事‥ 「ケンタウロスに行くときには、予め電話していくと良いと思います。とは言え、電話もしにくかったら、僕にメールをくれれば大将の予定は聞いておきます。記帳ノートなんて気にせずに、89年の8月にお邪魔したらこれこれこうで・・・って大将に言えばきっと喜んでくれると思います。」 シゲさんは、ケンタウロスの看板持ちだった。 それから月日は過ぎた。 なかなか、昔みたいに気楽な学生とは違い、これでも仕事や社会に縛られる身。5月の連休のチャンスが過ぎ‥以前、行った頃の8月を一つの目標にしていたが‥これもダメ。その時に、いつでも「シゲ」さんへ送れるように、準備していた「行きます」の一言がかかれたメールの下書き‥。 時間が取れなかった。しかも、変なこだわりに自分にあったのか、行きはどうしても、当時と同じように下道で行きたかった。 この10年。自分も変わった。そして、ケンタウロスも変わったらしい。しかし、変わらぬ何かが、これからの自分に何か大切なことではないだろうかと‥。少し、思い込みが激しいだろうが、それだけは心に誓っていた。 しかし‥相変わらず、仕事や身の回りの事、時間が取れない。2000年、20世紀は刻一刻と過ぎてゆく。 自分の中に、「裏切り」と「焦り」があった。 そんな時だった。 その下書きのメールを間違って送ってしまった。 「しまった!」 数分後、何事もなかったかのように、そのシゲさんから返信がきた。何事もなかったようにお互いの交流は再開した。 元町に移転したらしいケンタウロスは解りにくかった。 元町の商店街の通りの奥にあるらしいのだが‥一方通行などが重なって、なかなか目的の「元町・ケンタウロス」には着かなかった。シゲさんから頂いた地図にも、あきらかに「迷子になるよ」といった感じの説明なのが伺える。外国人墓地の近くらしい。 実は、独りでなく、こちらのZEPHYR乗りのあいつと一緒に向かっていた。ふと、二台のZEPHYRが細い道を過ぎた時に、「ん!?」下の方にバイクが並ぶ通りを見つけた。 そして、ぐるっと廻って、そのさっきみた方向へ向かって行くと、そこが新しい「元町・ケンタウロス」だった。 俺達はそこのショップの人に聞きながら、じゃまにならないよう二台のZEPHYRを停めた。シゲさんが都合により、午後からはこれなくて、夜になるらしいとiModeへメールが入っていた。 「誰かに聞くといいよ。」と言われていたので、とりあえず店の前の人に話した。 「大将は居ますでしょうか‥。」 「どなたでしょうか、お約束は‥。」 約束をしていたので、その方は奥の方へ消えて行った。自分は、やっとついたが、10年前に来たケンタウロスとは違う場所なので、とくに大きな感動はなかったが、まぎれもなく、これがあの『横浜M.C.ケンタウロス』なのだという実感に浸っていた。 「どうぞ、こちらへ」 どうやら、約束していたことが確認が取れて、俺達は案内されるまま奥の部屋に入った。大きなテーブルの奥に、Macintoshに向かう大将がいた。まずは案内されるまま昔座った記憶ある、男性自身の形をしている椅子に座り、「なつかしいなぁ、これだよ‥。」と自分は心の奥底で思っていた。 当時と場所は違うが、ほぼ同じものをその部屋には持って来ていたらしい。テーブルは昔より大きいような気がしたが、同じものだという。まずは簡単な挨拶を大将にして、大将がにこやかな笑みを浮かべて静かに言った。 「あなたの10年はどのようなものでしたか。」 しばらく大将が、自分の故郷酒田の話をした。 始めて逢ったはずの大将だが、ずっと昔に逢っていたような感じで俺達に話しかけた。その間、自分は昔の記憶を取り戻すかのように辺をみまわし、昔の記憶をなんとか取り戻そうとしていた。素晴らしい時間、素晴らしい空間だった。これが本当の感無量という意味なのだろう。ほんとうに、かけがえのない時間を俺達は過ごせた。シゲさんはまだこない。どうやら、ここでは会えそうもない。夜には予定があったので、そんなにここにはいられなかったので、まずは初めの目的、『オタツさんに線香をあげて下さい。』をすました。線香を持参し、酒田から持って来た酒を写真の前におき、しばし心の奥から合掌した。 自分の10年、20世紀はここで終わった。そう感じた。 ここからの出来事は、すべて来年移行の21世紀への序曲だと悟り、直感的に感じた。 ![]() すると大将が言った。 「ビールでも飲む時間があるんだろ(笑)」 えっ?大将からビールを誘われた。 最初は時間がないと言って丁寧に遠慮したが、その後も話しをしているうちに、このような出逢いを無駄にしてはならないと、連れに聞いて承諾し、大将の誘い通り元町の繁華街へ歩いた。なんとも不思議な出来事だ。 大将と自分と、あいつ。3人でエスカレータを上がり、カフェテリアのようなところを過ぎ、そのまま奥の綺麗な店へ。大将のことはこの町ではかなり有名らしい。お店の人も、子供も、大将に挨拶をする。そして、大将も偉ぶった態度はなく丁寧に挨拶をする。そして、ビールの小瓶を手に‥ 「ここでは乾杯は剣を重ね合わすようにこうやるんだ。」といって、「コンッ!」と瓶ごと乾杯。 そして、大将と3人での高揚した空間をしばし共有した。 しばらくして、岡山から今日、自分と同じようにケンタウロスに向かってきたバイク乗りが合流、同じ日に来たのも何かの縁と、一緒に酒をかわし、そうしてるうちにシゲさんもあらわれた。 そして自分は‥、 大将から、来年福島と山形の県境にある場所で、新そばを食べに行くツーリングに誘いを受けた。 ここから、また新たな走りが始まった。 20世紀、一人のカワサキ乗りの10年、第一章、完。 *大将とどんな話をしたかは‥心の秘密ですね(笑) (2000/11/04) *その縁で再訪問ができた、ケンタウロスの看板持ちの一人、「shige」さんのページです。掲示板へも時々顔だしますよ。 →http://kamome.org/ 50,000アクセスイエローボールについて |
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